大入札会 特集記事Ⅷ 掛け物になった静物画──小茂田青樹《野菜図》

  • 大入札会 特集記事Ⅷ

    掛け物になった静物画──小茂田青樹《野菜図》

  • よく熟れたトマトに、太く実った胡瓜。 その瑞々しい食感が、今にも手に取れるかのように迫ってくる作品です。 ご紹介するのは、令和8年3月大入札会に出品される小茂田青樹《野菜図》。 小茂田青樹といえば、写実性と装飾性の融合した作風で知られる、大正から昭和の初めにかけて活躍した日本画家ですが、この《野菜図》は、紙本に岩絵具で描かれた軸装の日本画でありながら、細部の描き込みや立体感はどこか西洋絵画の静物画を思わせます。 今回の特集記事ではこの《野菜図》を手がかりに、近代日本画における「静物画」というジャンルの歩みをたどってみたいと思います。
    よく熟れたトマトに、太く実った胡瓜。
    その瑞々しい食感が、今にも手に取れるかのように迫ってくる作品です。
     
    ご紹介するのは、令和8年3月大入札会に出品される小茂田青樹《野菜図》。
    小茂田青樹といえば、写実性と装飾性の融合した作風で知られる、大正から昭和の初めにかけて活躍した日本画家ですが、この《野菜図》は、紙本に岩絵具で描かれた軸装の日本画でありながら、細部の描き込みや立体感はどこか西洋絵画の静物画を思わせます。
     
    今回の特集記事ではこの《野菜図》を手がかりに、近代日本画における「静物画」というジャンルの歩みをたどってみたいと思います。

     


  • 1. そもそも静物画とは?

  • 一般に「静物画」とは、西洋絵画の一ジャンルとして、果実や草花、食器など、みずから動くことのないものを描いた絵画を指します。ジャンルとして確立したのは17世紀のオランダでした。 それまでの美術では、宗教画や歴史画といった「主題(物語)」が中心にありました。 ところが静物画は、画家が題材や並べ方を自由に選べます。だからこそ、何を描いたか以上に、「どう観察し、どう配置し、どう描いたか」――観察眼や技巧、画面構成そのものを見せる場にもなったのです。 19世紀後半のセザンヌは、静物画をとりわけ重要な実験の場として用いました。 色彩で立体感をつくること、厳密な写実に縛られず画面の均整を保つこと。そうした絵画の根本を探るために、静物という題材が選ばれたのです。
    一般に「静物画」とは、西洋絵画の一ジャンルとして、果実や草花、食器など、みずから動くことのないものを描いた絵画を指します。ジャンルとして確立したのは17世紀のオランダでした。
     
    それまでの美術では、宗教画や歴史画といった「主題(物語)」が中心にありました。
    ところが静物画は、画家が題材や並べ方を自由に選べます。だからこそ、何を描いたか以上に、「どう観察し、どう配置し、どう描いたか」――観察眼や技巧、画面構成そのものを見せる場にもなったのです。
     
    19世紀後半のセザンヌは、静物画をとりわけ重要な実験の場として用いました。
    色彩で立体感をつくること、厳密な写実に縛られず画面の均整を保つこと。そうした絵画の根本を探るために、静物という題材が選ばれたのです。

  • 2. 日本の洋画家と静物画

  • では、近代日本の洋画家は静物画とどう向き合ったのでしょうか。 3月入札会に出品される安井曾太郎《林檎と蜜柑》を見てみましょう。 1907年から1914年にかけてフランスに留学し、セザンヌをはじめとする西洋美術に触れた安井にとって、静物画は構図研究のための格好の主題でした。 本作では、果実の量感や色の扱いに古典主義的な「きちんと描く」意識が感じられる一方で、机の傾きや果物の置き方には、画面全体をどう組み立てるかという実験的な気配も垣間見ることができます。
    では、近代日本の洋画家は静物画とどう向き合ったのでしょうか。
    3月入札会に出品される安井曾太郎《林檎と蜜柑》を見てみましょう。
     
    1907年から1914年にかけてフランスに留学し、セザンヌをはじめとする西洋美術に触れた安井にとって、静物画は構図研究のための格好の主題でした。
    本作では、果実の量感や色の扱いに古典主義的な「きちんと描く」意識が感じられる一方で、机の傾きや果物の置き方には、画面全体をどう組み立てるかという実験的な気配も垣間見ることができます。

  • 3. 日本における蔬果の表現

  • 一方、日本画には近代に至るまで、「静物画」というジャンルはほとんど見られなかったと言ってよいでしょう。 あえて大雑把な解釈をすれば、西洋の静物画が果物や切り花といったモチーフを象徴的意味からいったん切り離し、形・色・配置といった造形そのものを味わう方向へ向かったのに対して、日本画には四季の移ろい、時間の流れ、人の生を、果物や花に重ねて見る自然観が常にそなわっていたことが、その大きな違いだったのかもしれません。 とはいえ、日本画が静物を描いてこなかったわけではありません。 例えば、中国・宋に由来する「蔬果図」は、日本でも長く描き継がれてきました。 果実は子孫繁栄、蔬菜は俗世に染まらない高潔さを示す象徴性を帯びた画題として中世日本へ伝わり、文人画などで描かれていきます。 そこでは単なるモチーフにとどまらず、季節感や土地の風土、生命力が表現されてきました。 3月大入札会に出品される竹内栖鳳《茄子》、上村松園《唐からし》も、主題そのものが季節や自然を感じさせる作品です。野菜のもつ風情を豊かに味わってみてください。 一方、日本画には近代に至るまで、「静物画」というジャンルはほとんど見られなかったと言ってよいでしょう。 あえて大雑把な解釈をすれば、西洋の静物画が果物や切り花といったモチーフを象徴的意味からいったん切り離し、形・色・配置といった造形そのものを味わう方向へ向かったのに対して、日本画には四季の移ろい、時間の流れ、人の生を、果物や花に重ねて見る自然観が常にそなわっていたことが、その大きな違いだったのかもしれません。 とはいえ、日本画が静物を描いてこなかったわけではありません。 例えば、中国・宋に由来する「蔬果図」は、日本でも長く描き継がれてきました。 果実は子孫繁栄、蔬菜は俗世に染まらない高潔さを示す象徴性を帯びた画題として中世日本へ伝わり、文人画などで描かれていきます。 そこでは単なるモチーフにとどまらず、季節感や土地の風土、生命力が表現されてきました。 3月大入札会に出品される竹内栖鳳《茄子》、上村松園《唐からし》も、主題そのものが季節や自然を感じさせる作品です。野菜のもつ風情を豊かに味わってみてください。
    一方、日本画には近代に至るまで、「静物画」というジャンルはほとんど見られなかったと言ってよいでしょう。
    あえて大雑把な解釈をすれば、西洋の静物画が果物や切り花といったモチーフを象徴的意味からいったん切り離し、形・色・配置といった造形そのものを味わう方向へ向かったのに対して、日本画には四季の移ろい、時間の流れ、人の生を、果物や花に重ねて見る自然観が常にそなわっていたことが、その大きな違いだったのかもしれません。
     
    とはいえ、日本画が静物を描いてこなかったわけではありません。
    例えば、中国・宋に由来する「蔬果図」は、日本でも長く描き継がれてきました。
    果実は子孫繁栄、蔬菜は俗世に染まらない高潔さを示す象徴性を帯びた画題として中世日本へ伝わり、文人画などで描かれていきます。
    そこでは単なるモチーフにとどまらず、季節感や土地の風土、生命力が表現されてきました。
     
    3月大入札会に出品される竹内栖鳳《茄子》、上村松園《唐からし》も、主題そのものが季節や自然を感じさせる作品です。野菜のもつ風情を豊かに味わってみてください。

  • 4. 大正期の日本画と洋画の接近

  • 文明開化以降、日本でも洋画の影響は次第に広がっていきますが、日本画と洋画がもっとも接近した時代とされるのが大正期です。 岸田劉生の影響のもと、速水御舟をはじめとする日本画家たちは、北方ルネサンス期の西洋リアリズムを意識した細密描写を取り入れた肖像画や風景画を描き始めます。速水御舟《京の舞妓》は日本画の画材を用いながら、着物の織り目や磁器の壷の質感、立体感まで再現しようとする意欲的な作品です。 さらに、ルネサンス絵画や宋元院体画を参照しながら、陶磁器や果実、花瓶に生けた花など、静物画的な題材を描く作品も増えていきます。 御舟は《茶碗と果実》(東京国立近代美術館蔵、作品画像はこちら)で日本画的な余白の感覚を生かしつつも、モチーフを精密に描き、影を描き入れることで、リアリティを損なわずに造形としての物質のかたちと存在感を際立たせました。 このように日本的な自然観の枠から一歩外へ踏み出すような形で、近代日本画における静物画の方向性は切り拓かれていきました。
    文明開化以降、日本でも洋画の影響は次第に広がっていきますが、日本画と洋画がもっとも接近した時代とされるのが大正期です。

    岸田劉生の影響のもと、速水御舟をはじめとする日本画家たちは、北方ルネサンス期の西洋リアリズムを意識した細密描写を取り入れた肖像画や風景画を描き始めます。速水御舟《京の舞妓》は日本画の画材を用いながら、着物の織り目や磁器の壷の質感、立体感まで再現しようとする意欲的な作品です。
     
    さらに、ルネサンス絵画や宋元院体画を参照しながら、陶磁器や果実、花瓶に生けた花など、静物画的な題材を描く作品も増えていきます。
    御舟は《茶碗と果実》(東京国立近代美術館蔵、作品画像はこちら)で日本画的な余白の感覚を生かしつつも、モチーフを精密に描き、影を描き入れることで、リアリティを損なわずに造形としての物質のかたちと存在感を際立たせました。
    このように日本的な自然観の枠から一歩外へ踏み出すような形で、近代日本画における静物画の方向性は切り拓かれていきました。

  • 5. 小茂田青樹《野菜図》が実現した、リアリズムと自然観の両立

  • ここまでの流れを踏まえ、あらためて小茂田青樹《野菜図》に戻ってみましょう。 劉生、そして同門で生涯の盟友であった御舟の影響を受け、青樹も大正8年頃から細密描写を取り入れた作品に取り組み始めます。 この《野菜図》においても、トマトの複雑な形状や艶、胡瓜の皺や棘といった素材の質感が、丹念に描き込まれていることがわかります。 また青樹は、油絵がもつマチエールにも強い関心を寄せていたようで、トマト部分の絵具の重なりには、その意識がうかがえます。 一方で、背景の影の描き方は御舟の静物画とは異なり、隈取の技法によって、光源を強く意識させない柔らかな表現で描かれています。 このことによって、絵の中の空間と鑑賞者の空間が切り離されず、目の前の野菜そのものがより親密に感じられるのではないでしょうか。 西洋の静物画のようにモチーフを「造形のための素材」として扱うのではなく、日本的な自然観を踏まえて、それがトマトと胡瓜であること自体に意味を宿していること、それこそが本作の魅力と言えましょう。 細密な描写と自然への穏やかなまなざしが両立することで、本作は野菜の質感と夏の季節感、瑞々しさ、そして生命の気配を確かな説得力をもって表現しているのです。
    ここまでの流れを踏まえ、あらためて小茂田青樹《野菜図》に戻ってみましょう。
     
    劉生、そして同門で生涯の盟友であった御舟の影響を受け、青樹も大正8年頃から細密描写を取り入れた作品に取り組み始めます。
    この《野菜図》においても、トマトの複雑な形状や艶、胡瓜の皺や棘といった素材の質感が、丹念に描き込まれていることがわかります。
    また青樹は、油絵がもつマチエールにも強い関心を寄せていたようで、トマト部分の絵具の重なりには、その意識がうかがえます。
     
    一方で、背景の影の描き方は御舟の静物画とは異なり、隈取の技法によって、光源を強く意識させない柔らかな表現で描かれています。
    このことによって、絵の中の空間と鑑賞者の空間が切り離されず、目の前の野菜そのものがより親密に感じられるのではないでしょうか。
    西洋の静物画のようにモチーフを「造形のための素材」として扱うのではなく、日本的な自然観を踏まえて、それがトマトと胡瓜であること自体に意味を宿していること、それこそが本作の魅力と言えましょう。
     
    細密な描写と自然への穏やかなまなざしが両立することで、本作は野菜の質感と夏の季節感、瑞々しさ、そして生命の気配を確かな説得力をもって表現しているのです。

  • 近代の日本画家たちが、台頭する洋画をそれぞれに意識しながら、みずからの日本画に向き合った時代。栖鳳、松園は日本的な自然観をそなえた蔬菜図を描き、一方で青樹は、盟友・御舟が日本画に持ち込んだリアリズムと、自然を慈しむ視線を調和させて、この《野菜図》のように近代日本画の感性を引き継いだ静物画を描きました。
     
    この作品ひとつとっても、モチーフや、時代背景、作家の受けた影響などなど深掘りする楽しみは尽きません。大入札会専用サイトでは総数286点の作品がご覧いただけます。LOT 180-286は「謝恩価格出品」として普段よりも更にお求めやすい最低価格からの出品となっております。この機会にぜひ皆様の探究心をくすぐるような一品を探してみてはいかがでしょうか。
     

     

    【参考文献】
    E.H.ゴンブリッチ(天野衛他訳)『美術の物語』ファイドン株式会社、2007年
    『石橋財団コレクション 特集コーナー展示 安井曾太郎』石橋財団アーティゾン美術館、2025年
    大須賀潔『日本画の表現-描かれなかった主題-』京都市立芸術大学芸術資料館年報 13号、2004年、p.3-13
    「フルーツ&ベジタブルズ - 東アジア 蔬果図の系譜」2018年、泉屋博古館サイト(https://sen-oku.or.jp/program/)
    『写実の系譜Ⅱ 大正期の細密描写』東京国立近代美術館、1986年
    『小茂田青樹画集』日本経済新聞社、1990年

     

     

    大入札会下見会 開催概要 ※終了している入札会の出品作品はご購入いただけません。ご了承ください。
    2026年 3月2日 – 3月8日  *入札締切 17:00
    ぎゃらりぃ思文閣 <Google Maps>
    10:00 – 18:00 *最終日は17:00迄
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