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呼吸する家
小川待子嵯峨に新しい展示スペースが出来たので見にきませんか、思文閣の山内さんに誘われたのはもう何年も前の事だと思う。
2024年1月11日から13日の3日間、4月5日から始まる展覧会のカタログのために、このスペースで作品を展示して写真家の渞さんが撮影することになった。
建物は思文閣の田中さんの御生家を数年かけて改装したものだった。以前あった建築を生かして、古い藁の細片の混じった土壁と複雑な木組みの天井や梁を残して、新しいアルミの素材のシャープな建材を組み合わせて再構築された空間だった。母屋の天井は高く、大きく吹き抜けになっているので二階の居住空間の梁の間から一階の床面の拡がりが見える。
流れている微かな風を感じる
呼吸する家と言ってもいい
私はすぐにここに作品を展示してみたいという思いに駆られた。
最初に滞在して作品制作をされた本田健さんの庭の草花を細密描写した作品が、木々の緑を背景に、古い木材の筋交いの中央に飾られている。リーフレットのその美しい写真が、私のうちに壁面の作品を作ってみたいという微かな憧れのような気持ちを生まれさせた。
二回目の訪問の時には、白い磁器土と明るいトルコブルーのフリット釉を組み合わせた、立方体の小さな作品を持って行って、緑を背景にしたテーブルの上に置いてみた。美しかった。その後、大きな「水の盤」、壁面作品「水の破片」が生まれていった。
コバルト色の破片を集めた小さなインスタレーションを作ってみたいと思っていた時期があった。青い破片がたくさん詰まった段ボール箱がひとつアトリエの隅に長い間忘れられていた。
アトリエの軒下のコンテナに積み上げられていた磁器土の塊にコバルト色の釉薬をかけて、大きなインスタレーションを床面に展開してみようといつ頃決めたのが……私のなかではっきりしていない。明るいグレーベイジュ色の床面が自然に、画布のように私の頭の中に拡がっていったのかもしれない。
「鉱脈」というタイトルが心に浮かんだ。
三日間の滞在を終えて帰る日の朝、湯河原の自宅の庭から採ってきてテーブルの上に置いてあった柚子、レモン、文旦の実を、なにげなく見ていた時、30年前にインドトリエンナーレの仕事でインドを訪れた時に、ベナレスの町のガンジス川の上の小舟から、その時持っていた白釉の小さな陶片を濁った水底に沈めてきたことを、ふと思い出した。
壁一面に大きなガラス窓になっている別棟の展示室の向こうに、冬枯れの草木で少し茫々とした庭があった。その庭の隅にこの実たちを残して行こう。もし彼らが幸運で、この厳しい寒さのなかで、許されるなら、大きなガラスの開口部の緑のなかに黄色い実が見える日がいつかあるかもしれない。
私は少し土を窪ませて実を置き、そっとその上に土をかけた。 -
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Artist interview
制作 2021年・夏 | 撮影 渞忠之 | ©️ 2021 Shibunkaku
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小川待子
小川待子 鉱脈: 2024.04.05 − 2024.04.13
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