大入札会 特集記事Ⅸ 民藝のうつわ バーナード・リーチ

  • 大入札会 特集記事Ⅸ 民藝のうつわ バーナード・リーチ

    5月の思文閣大入札会では、ご縁をいただき、特色のあるコレクションをいくつかお預かりすることができました。 その中からほんの一部の作品ではありますが、弊社入札会の公式LINEをご登録の皆さまに、特別にご紹介いたします。

     

     

    最初にご紹介するのは、「民藝運動」の旗手となった陶芸家たちの食器類を中心としたコレクションです。 作家に制作を依頼していたと思われるコレクションの中には、注文品ならではの珍しい作品があります。 今回はそのうち、バーナード・リーチの貴重な作品をご紹介いたします。
  • バーナード・リーチはイギリスの陶芸家です。 1887年香港に生まれ、はじめは画を学びましたが、母方が日本に在住していたことやラフカディオ・ハーンの著作物への憧れから来日。そこで柳宗悦ら白樺派同人たち、富本憲吉、浜田庄司と出会い、陶芸の道を歩み始めます。
    1920年、リーチは浜田を伴いイギリスに戻ると、セント・アイヴスに窯を築きました。東西の様々な技法を試し、生活に根付いた、素朴な美しさをたたえた日常陶器を数多く手がけます。
    日本との交流も生涯続きました。たびたび来日しては、作品を残すのみならず、多くの陶工たちに技や美学を教え伝えた、近代日本の陶芸界になくてはならない巨匠です。
  • LOT 252 薬味皿 仕切りがついて三つに分かれた薬味皿です。少し広く浅めに作られており、和食の調味料や薬味を盛るのにもよさそうです。 飴色や黄色の器色は、鉛鉱石の粉末を用いたガレナ釉でしょう。 箱書も見てみましょう。リーチの箱書は、作品そのものや作品に描かれた図様があしらわれていることが多くあります。 日本の書画・お道具の文化である「箱書」を、リーチなりに解釈、実践したものでしょう。 文字による命名ではなく、デフォルメされたイラストで作品をあらわす箱書は、リーチ作品の見どころのひとつです。 箱には「1934」とあり、作品が焼かれたのも同時期だと考えられます。 LOT 252 薬味皿 仕切りがついて三つに分かれた薬味皿です。少し広く浅めに作られており、和食の調味料や薬味を盛るのにもよさそうです。 飴色や黄色の器色は、鉛鉱石の粉末を用いたガレナ釉でしょう。 箱書も見てみましょう。リーチの箱書は、作品そのものや作品に描かれた図様があしらわれていることが多くあります。 日本の書画・お道具の文化である「箱書」を、リーチなりに解釈、実践したものでしょう。 文字による命名ではなく、デフォルメされたイラストで作品をあらわす箱書は、リーチ作品の見どころのひとつです。 箱には「1934」とあり、作品が焼かれたのも同時期だと考えられます。 LOT 252 薬味皿 仕切りがついて三つに分かれた薬味皿です。少し広く浅めに作られており、和食の調味料や薬味を盛るのにもよさそうです。 飴色や黄色の器色は、鉛鉱石の粉末を用いたガレナ釉でしょう。 箱書も見てみましょう。リーチの箱書は、作品そのものや作品に描かれた図様があしらわれていることが多くあります。 日本の書画・お道具の文化である「箱書」を、リーチなりに解釈、実践したものでしょう。 文字による命名ではなく、デフォルメされたイラストで作品をあらわす箱書は、リーチ作品の見どころのひとつです。 箱には「1934」とあり、作品が焼かれたのも同時期だと考えられます。
    LOT 252 薬味皿

     

    仕切りがついて三つに分かれた薬味皿です。少し広く浅めに作られており、和食の調味料や薬味を盛るのにもよさそうです。 飴色や黄色の器色は、鉛鉱石の粉末を用いたガレナ釉でしょう。
    箱書も見てみましょう。リーチの箱書は、作品そのものや作品に描かれた図様があしらわれていることが多くあります。 日本の書画・お道具の文化である「箱書」を、リーチなりに解釈、実践したものでしょう。 文字による命名ではなく、デフォルメされたイラストで作品をあらわす箱書は、リーチ作品の見どころのひとつです。
    箱には「1934」とあり、作品が焼かれたのも同時期だと考えられます。
  • LOT 250 ミルクピッチャー 底にはバーナード・リーチのイニシャル「BL」と、「M」の印が捺されています。 「M」は益子、浜田庄司が窯を擁した栃木県・益子で焼かれたことを意味します。こちらの箱には「’34」とあり、制作も1934年になると考えられます。 1934年は、リーチが帰英しセント・アイヴスに築窯してから14年後、最初の再来日の時にあたります。再来日するとリーチは益子の浜田庄司窯、京都の河井寛次郎窯、松江の布志名窯など各地の窯で多くの作品を焼きました。本作品は、益子滞在中に焼かれたものということになります。 LOT 250 ミルクピッチャー 底にはバーナード・リーチのイニシャル「BL」と、「M」の印が捺されています。 「M」は益子、浜田庄司が窯を擁した栃木県・益子で焼かれたことを意味します。こちらの箱には「’34」とあり、制作も1934年になると考えられます。 1934年は、リーチが帰英しセント・アイヴスに築窯してから14年後、最初の再来日の時にあたります。再来日するとリーチは益子の浜田庄司窯、京都の河井寛次郎窯、松江の布志名窯など各地の窯で多くの作品を焼きました。本作品は、益子滞在中に焼かれたものということになります。 LOT 250 ミルクピッチャー 底にはバーナード・リーチのイニシャル「BL」と、「M」の印が捺されています。 「M」は益子、浜田庄司が窯を擁した栃木県・益子で焼かれたことを意味します。こちらの箱には「’34」とあり、制作も1934年になると考えられます。 1934年は、リーチが帰英しセント・アイヴスに築窯してから14年後、最初の再来日の時にあたります。再来日するとリーチは益子の浜田庄司窯、京都の河井寛次郎窯、松江の布志名窯など各地の窯で多くの作品を焼きました。本作品は、益子滞在中に焼かれたものということになります。
    LOT 250 ミルクピッチャー

     

    底にはバーナード・リーチのイニシャル「BL」と、「M」の印が捺されています。 「M」は益子、浜田庄司が窯を擁した栃木県・益子で焼かれたことを意味します。こちらの箱には「’34」とあり、制作も1934年になると考えられます。
     1934年は、リーチが帰英しセント・アイヴスに築窯してから14年後、最初の再来日の時にあたります。再来日するとリーチは益子の浜田庄司窯、京都の河井寛次郎窯、松江の布志名窯など各地の窯で多くの作品を焼きました。本作品は、益子滞在中に焼かれたものということになります。
  • LOT 254 バター皿 もう一点、こちらはバター皿です。箱書もご覧ください。箱には一輪の花が描かれていますが、この花は、器の見込みに描かれた図様と同じものです。 このうつわ、側面に詩の一節が書きつけられています。 「A little flower is the labour of ages」(一輪の小さな花を創ることも幾代の労苦である)(寿岳文章訳『ブレイク抒情詩抄』岩波書店、1931年) これはイギリスの詩人・画家のウィリアム・ブレイクの詩「Proverbs of Hell(地獄の箴言)」の一句。 リーチが作品にはっきりと文章を書きつけることは稀で、日常陶器の作例はあまり見られません。この詩文は注文によるものか、詳細はわかりませんが、貴重な一作であることはたしかです。 書かれた詩も「民藝」にとって見過ごせません。 詩の作者であるウィリアム・ブレイクは18世紀から19世紀にかけて活動し、幻想的・哲学的な作品を残しました。 後世ではイギリスのロマン主義の先駆ともいわれ高く評価されますが、当時はその難解で神秘主義的な作風は不評でした。しかしリーチはそんなブレイクを好んでおり、この詩人を日本で友人に紹介したのです。それが民藝運動の父、柳宗悦でした。「地獄の箴言」も含むブレイクの詩集を、柳はリーチから借りて読んだといいます。 LOT 254 バター皿 もう一点、こちらはバター皿です。箱書もご覧ください。箱には一輪の花が描かれていますが、この花は、器の見込みに描かれた図様と同じものです。 このうつわ、側面に詩の一節が書きつけられています。 「A little flower is the labour of ages」(一輪の小さな花を創ることも幾代の労苦である)(寿岳文章訳『ブレイク抒情詩抄』岩波書店、1931年) これはイギリスの詩人・画家のウィリアム・ブレイクの詩「Proverbs of Hell(地獄の箴言)」の一句。 リーチが作品にはっきりと文章を書きつけることは稀で、日常陶器の作例はあまり見られません。この詩文は注文によるものか、詳細はわかりませんが、貴重な一作であることはたしかです。 書かれた詩も「民藝」にとって見過ごせません。 詩の作者であるウィリアム・ブレイクは18世紀から19世紀にかけて活動し、幻想的・哲学的な作品を残しました。 後世ではイギリスのロマン主義の先駆ともいわれ高く評価されますが、当時はその難解で神秘主義的な作風は不評でした。しかしリーチはそんなブレイクを好んでおり、この詩人を日本で友人に紹介したのです。それが民藝運動の父、柳宗悦でした。「地獄の箴言」も含むブレイクの詩集を、柳はリーチから借りて読んだといいます。 LOT 254 バター皿 もう一点、こちらはバター皿です。箱書もご覧ください。箱には一輪の花が描かれていますが、この花は、器の見込みに描かれた図様と同じものです。 このうつわ、側面に詩の一節が書きつけられています。 「A little flower is the labour of ages」(一輪の小さな花を創ることも幾代の労苦である)(寿岳文章訳『ブレイク抒情詩抄』岩波書店、1931年) これはイギリスの詩人・画家のウィリアム・ブレイクの詩「Proverbs of Hell(地獄の箴言)」の一句。 リーチが作品にはっきりと文章を書きつけることは稀で、日常陶器の作例はあまり見られません。この詩文は注文によるものか、詳細はわかりませんが、貴重な一作であることはたしかです。 書かれた詩も「民藝」にとって見過ごせません。 詩の作者であるウィリアム・ブレイクは18世紀から19世紀にかけて活動し、幻想的・哲学的な作品を残しました。 後世ではイギリスのロマン主義の先駆ともいわれ高く評価されますが、当時はその難解で神秘主義的な作風は不評でした。しかしリーチはそんなブレイクを好んでおり、この詩人を日本で友人に紹介したのです。それが民藝運動の父、柳宗悦でした。「地獄の箴言」も含むブレイクの詩集を、柳はリーチから借りて読んだといいます。 LOT 254 バター皿 もう一点、こちらはバター皿です。箱書もご覧ください。箱には一輪の花が描かれていますが、この花は、器の見込みに描かれた図様と同じものです。 このうつわ、側面に詩の一節が書きつけられています。 「A little flower is the labour of ages」(一輪の小さな花を創ることも幾代の労苦である)(寿岳文章訳『ブレイク抒情詩抄』岩波書店、1931年) これはイギリスの詩人・画家のウィリアム・ブレイクの詩「Proverbs of Hell(地獄の箴言)」の一句。 リーチが作品にはっきりと文章を書きつけることは稀で、日常陶器の作例はあまり見られません。この詩文は注文によるものか、詳細はわかりませんが、貴重な一作であることはたしかです。 書かれた詩も「民藝」にとって見過ごせません。 詩の作者であるウィリアム・ブレイクは18世紀から19世紀にかけて活動し、幻想的・哲学的な作品を残しました。 後世ではイギリスのロマン主義の先駆ともいわれ高く評価されますが、当時はその難解で神秘主義的な作風は不評でした。しかしリーチはそんなブレイクを好んでおり、この詩人を日本で友人に紹介したのです。それが民藝運動の父、柳宗悦でした。「地獄の箴言」も含むブレイクの詩集を、柳はリーチから借りて読んだといいます。
    LOT 254 バター皿

     

     
    もう一点、こちらはバター皿です。箱書もご覧ください。箱には一輪の花が描かれていますが、この花は、器の見込みに描かれた図様と同じものです。
     このうつわ、側面に詩の一節が書きつけられています。
     「A little flower is the labour of ages」(一輪の小さな花を創ることも幾代の労苦である)(寿岳文章訳『ブレイク抒情詩抄』岩波書店、1931年)
    これはイギリスの詩人・画家のウィリアム・ブレイクの詩「Proverbs of Hell(地獄の箴言)」の一句。 リーチが作品にはっきりと文章を書きつけることは稀で、日常陶器の作例はあまり見られません。この詩文は注文によるものか、詳細はわかりませんが、貴重な一作であることはたしかです。
     書かれた詩も「民藝」にとって見過ごせません。 詩の作者であるウィリアム・ブレイクは18世紀から19世紀にかけて活動し、幻想的・哲学的な作品を残しました。 後世ではイギリスのロマン主義の先駆ともいわれ高く評価されますが、当時はその難解で神秘主義的な作風は不評でした。しかしリーチはそんなブレイクを好んでおり、この詩人を日本で友人に紹介したのです。それが民藝運動の父、柳宗悦でした。「地獄の箴言」も含むブレイクの詩集を、柳はリーチから借りて読んだといいます。
  • 柳はブレイクに傾倒しました。ブレイクはこの世を幻想とし、その背景にある精神の力を想像すること、直観的な経験によることを重視しました。柳が深めたブレイクにまつわる思索は、直観的に見分ける美、暮らしの中に見出す本質的な美である「民藝」に結実します。
    1934年の再来日の前年、1933年に柳は雑誌「工藝」に「リーチに」という文章を載せています。柳はリーチの再来日を強く望んでいました。1926年に「民藝」を提唱した柳にとって、すべてのはじまりにいたリーチは欠くことのできない人物でした。「君の生長は又日本の生長なのだ。又吾々の生長も君の生長なのだ。君ともう一度一緒に仕事がしたい」と訴えたのです。

     

    かくしてリーチは来日し、日本で各地の土や釉薬、あらゆる技法を試し、大勢の陶工と仕事をしました。柳らとも議論を交わし、これらの多くの交流がお互いを飛躍的に高め合いました。この年、柳は民藝運動の活動母体である「日本民藝協会」を設立。 民藝運動は大きなうねりとなり、人々が日々の生活で必要とするものの美、手仕事が生み出す美は今も私たちの心を動かし続けているのです。
  • 今回のコレクションには、ご紹介した以外のバーナード・リーチの作品や、浜田庄司・河井寬次郎の揃いの食器など数多くございます。
    大入札会専用サイトでは、すべての作品が共箱の写真もあわせてご覧いただけます。 下見会では実際にお手にとってご検討もいただけますので、それぞれの個性や、通底する美意識を見比べてお愉しみください。
     
    次回は、滋賀県某家からお預かりしたコレクションから、作家との交流がうかがえる資料をご紹介いたします。

     

     

     

    大入札会下見会 開催概要
    2026年 5月18日 – 5月24日  *入札締切 17:00
    ぎゃらりぃ思文閣 <Google Maps>
    10:00 – 18:00 *最終日は17:00迄