大入札会 特集記事Ⅴ 富岡鉄斎をよむ

  • 大入札会 特集記事Ⅴ 富岡鉄斎をよむ

     

    「わしの画を見るなら、まず賛を読んでくれ」。


    この言葉を聞いたことのある方も多いかもしれません。近代文人画の巨匠・富岡鉄斎(1837–1924)の口癖として知られる言葉です。
    鉄斎は国学・儒学など多くの学問を収め、独学で多くの画派から学び幅広い画風・画題の作品を遺しました。人となりや学識をにじませる闊達自在な画境は今なお絶大なる人気を誇ります。
    一方、鉄斎は自身を「絵かきではない、儒者だ」と称しており、あくまで根本は学問だとし続けていました。しかし現代の我々にとって漢文の賛の読み解きは難しく、興味はあっても、鉄斎の望むようには作品に触れられないことも多いのではないでしょうか。
    令和7年9月大入札会では、鉄斎の作品を数多くお預かりしました。普段は紙幅の都合で賛の内容までご紹介することがかないませんが、今回の記事では実際に出品作品の賛を読み、鉄斎作品の真髄に迫ってゆきます。
  • Lot036《隠居静適図》 賛は明代の文人・李日華の詩の引用で「山では木を伐ればよいし、川では魚をとればよい。たとえ高官に招かれても、役人になるつもりはない」という内容。世俗を捨てた文人の理想ともいえる生き方を謳うこの語は、晩年の鉄斎がしばしば用いました。青々とした山の中、茅葺の家に住まう人の生活を想像させます。賛は篆書体で描かれ、画中にアクセント加えている点も見どころです。
    Lot036《隠居静適図》
    賛は明代の文人・李日華の詩の引用で「山では木を伐ればよいし、川では魚をとればよい。たとえ高官に招かれても、役人になるつもりはない」という内容。世俗を捨てた文人の理想ともいえる生き方を謳うこの語は、晩年の鉄斎がしばしば用いました。青々とした山の中、茅葺の家に住まう人の生活を想像させます。賛は篆書体で描かれ、画中にアクセント加えている点も見どころです。
  • Lot037《江山清趣図》 四言四句の古詩形式の自作詩が書かれます。「風が渡る松の声や竹の韻(ひびき)は、濃くもなく淡くもない。耳を傾けてこれを聴くことができれば、にわかに画の価値も増そう。」目で見るだけでなく耳を傾けて、画中を吹き渡る風の音を聴くことができる鑑賞者であれば、この画も価値を増すであろうという内容です。作品を手にした人が、漫然と画を眺めるだけで終わらず、作品に共鳴し、没入して愉しむことを期待して書き付けたのでしょう。
    Lot037《江山清趣図》
    四言四句の古詩形式の自作詩が書かれます。「風が渡る松の声や竹の韻(ひびき)は、濃くもなく淡くもない。耳を傾けてこれを聴くことができれば、にわかに画の価値も増そう。」目で見るだけでなく耳を傾けて、画中を吹き渡る風の音を聴くことができる鑑賞者であれば、この画も価値を増すであろうという内容です。作品を手にした人が、漫然と画を眺めるだけで終わらず、作品に共鳴し、没入して愉しむことを期待して書き付けたのでしょう。
  • Lot038《倣田水月 蟹図》 「夜、窓辺での主人と客との会話に、秋は気が清く、蟹や魚も肥えていると。酒の肴にしたいところだが買う金がない。画を持っていき交換してこよう」と五言絶句の賛。「田水月の法に倣い併びにその詩を録す」とあり、「田水月」の画法と詩作にならったことが記されます。「田水月」は明代の画家・徐渭(じょい)の別号。この号は名の「渭」の字を三つに分解したものです。徐渭の人生は波乱万丈で、一時は精神に異常をきたしたとも言われます。晩年は放浪しながら画を売り糊口をしのいでおり、賛はまさにその生活を詩にしたものです。鉄斎は、とくに若年期には無名の作家のものまで明清文人画を模写して学びました。本作も落款の書体から30代の作と見られ、若き日の飽くなき研究が垣間見えます。
    Lot038《倣田水月 蟹図》
    「夜、窓辺での主人と客との会話に、秋は気が清く、蟹や魚も肥えていると。酒の肴にしたいところだが買う金がない。画を持っていき交換してこよう」と五言絶句の賛。「田水月の法に倣い併びにその詩を録す」とあり、「田水月」の画法と詩作にならったことが記されます。「田水月」は明代の画家・徐渭(じょい)の別号。この号は名の「渭」の字を三つに分解したものです。徐渭の人生は波乱万丈で、一時は精神に異常をきたしたとも言われます。晩年は放浪しながら画を売り糊口をしのいでおり、賛はまさにその生活を詩にしたものです。鉄斎は、とくに若年期には無名の作家のものまで明清文人画を模写して学びました。本作も落款の書体から30代の作と見られ、若き日の飽くなき研究が垣間見えます。
  • Lot040《余花庶人図》 画中右上に書かれた「余花庶人」は、唐代の詩人・孫鲂の「主人司空后亭牡丹」という牡丹の花を称えた詩が出典です。詩中に「余花、庶人に似たり」という一句があります。「牡丹が高貴な花とされるのに対して、他の花は庶民のようなものだ」という意味。たっぷり水を含んだ墨で描かれた花は、一見何の花か判然としませんが、この賛によって岩上に咲く牡丹だということがはっきりします。牡丹と岩、牡丹と蝶は、富貴と長寿の象徴を組み合わせた縁起のよい画題です。
    Lot040《余花庶人図》
    画中右上に書かれた「余花庶人」は、唐代の詩人・孫鲂の「主人司空后亭牡丹」という牡丹の花を称えた詩が出典です。詩中に「余花、庶人に似たり」という一句があります。「牡丹が高貴な花とされるのに対して、他の花は庶民のようなものだ」という意味。たっぷり水を含んだ墨で描かれた花は、一見何の花か判然としませんが、この賛によって岩上に咲く牡丹だということがはっきりします。牡丹と岩、牡丹と蝶は、富貴と長寿の象徴を組み合わせた縁起のよい画題です。
  • Lot041《四愛図》 賛は「四季おりおり花を絶やさないようにしなさい。」その通り、画中には開花の季節の異なる花々が一堂に会しています。鉄斎の孫・富岡益太郎は箱書で「四愛図」と題しました。四愛図とは、蘭・蓮・菊・梅を一図に描くもの。蘭は黄山谷、蓮は周茂叔、菊は陶淵明、梅は林和靖と、特に愛好した詩人がいることで知られる花々のため、「四愛」と呼びならわされてきました。伝統画題に基づき四種の花を描き、賛では心の豊かさを失わないように戒めています。同時に、この軸を掛ければ花を絶やさずにいられるぞという、鉄斎からの粋な提案の一幅ではないでしょうか。
    Lot041《四愛図》
    賛は「四季おりおり花を絶やさないようにしなさい。」その通り、画中には開花の季節の異なる花々が一堂に会しています。鉄斎の孫・富岡益太郎は箱書で「四愛図」と題しました。四愛図とは、蘭・蓮・菊・梅を一図に描くもの。蘭は黄山谷、蓮は周茂叔、菊は陶淵明、梅は林和靖と、特に愛好した詩人がいることで知られる花々のため、「四愛」と呼びならわされてきました。伝統画題に基づき四種の花を描き、賛では心の豊かさを失わないように戒めています。同時に、この軸を掛ければ花を絶やさずにいられるぞという、鉄斎からの粋な提案の一幅ではないでしょうか。 
  • 富岡鉄斎 (1836 – 1924) 南画家。京都生。名は猷輔のち百錬、別号に鉄人・鉄史等。幼少より国学・漢学・詩学等を学び、また歌人大田垣蓮月の学僕となって多大な人格的影響を受ける。幕末期には、勤王志士らと盛んに交流し、国事に奔走した。維新後は、大和石上神宮・和泉大鳥神社等の宮司となるが、のち辞し隠棲。田能村直入・谷口藹山らと日本南画協会を発足、学者としての姿勢を貫きながら自由な作画活動を展開し、その学識と画技により文人画壇の重鎮となった。帝室技芸員・帝国美術院会員。大正13年(1924)歿、89才。
    出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 (https://www.ndl.go.jp/portrait/)

    富岡鉄斎 (1836 – 1924)

    南画家。京都生。名は猷輔のち百錬、別号に鉄人・鉄史等。幼少より国学・漢学・詩学等を学び、また歌人大田垣蓮月の学僕となって多大な人格的影響を受ける。幕末期には、勤王志士らと盛んに交流し、国事に奔走した。維新後は、大和石上神宮・和泉大鳥神社等の宮司となるが、のち辞し隠棲。田能村直入・谷口藹山らと日本南画協会を発足、学者としての姿勢を貫きながら自由な作画活動を展開し、その学識と画技により文人画壇の重鎮となった。帝室技芸員・帝国美術院会員。大正13年(1924)歿、89才。
  •  
    中国の文化人の引用から自作の詩にいたるまで、万巻の書に通じた鉄斎の広く深い知識に基づく世界を、ほんの一端ですがご紹介いたしました。
    題名や賛の理解が深まると、作品の魅力は何倍にも増してゆきます。鉄斎に限らず、大入札会への出品作品は可能なかぎり賛のよみや解釈を調べておりますので、内容が気になる作品がございましたら、ぜひ【大入札会公式LINEアカウント】にお問い合わせくださいませ。
    今回特集した鉄斎のほか、出品作品は【大入札会専用サイト】でもご覧いただけます。ぜひお楽しみくださいませ。
     
    大入札会下見会 開催概要 ※終了している入札会の出品作品はご購入いただけません。ご了承ください。
    2025年 9月8日 – 9月14日  *入札締切 17:00
    ぎゃらりぃ思文閣 <Google Maps>
    10:00 – 18:00 *最終日は17:00迄
     
  • ▶思文閣大入札会 過去の特集記事